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痛みのない人生

あれからかなりハマっています。体のことに。

「40%の人が毎日なんらかの痛みを経験しています」
裸の男の人が背中に手を当てている写真にかぶる、かなり大雑把なキャッチフレーズ。(一体なんの40%だろう?)
フィジカルセラピーの待合室にデカデカと貼ってある、クリニックオリジナルのポスターだ。
実は、私、これにやられちゃったんですよ。

締めのフレーズは「痛みと共に生きる必要はありません」
へ〜そうなの???って共感しちゃったんだな。だって、これを読んでくださっているそこのあなたも、お隣さんも、どこか痛いところありますよね?

歳を重ねれば、やれ腰が痛いの、足が痛いの、背中が痛いの、首が痛いの。。。って皆さん言うじゃないですか(あ、全部今の私です)。だから、体の痛みはしょうがないのかな。この先、一生お付き合いしていくしかないのかな、と勝手に諦めていたから。ちょっと衝撃だった。

事実、四十肩とか五十肩とかという名前をつけられた肩の痛みだと、普通のドクターだと首をかしげて「ま、様子を見ましょう。薬を出しておきますから」とかなんとか言って、痛み止めの処方箋を書いてくれるくらいだよね。

それなのに、痛みとともに生きなくていいなんて!!!
この肉体とおさらばするその一瞬まで、痛みもなく元気でいられたら最高だものね。あれ?なのになんで私ったら最高を選ばないんだろう?と、思ったわけです。

キッカケはそういうことなんです。

「そんなの無理さ」という勝手な思い込みに代表される、私に染み付いたいろいろな癖。。。思考の癖、反応の癖、姿勢の癖などなどを「今一度見直してみなさい」という注意信号が痛みとなって現れてきたんだと気づいた。

「ベッドの上にあるクッションを左から右へ動かしてみなさい」
ある日、フィジカルセラピーで言われ、いつも通りに腕だけを使って動かすと
「これからは体全部を使って動かしてごらんなさい、こういう風に」と見せてくれた動作。
「えっ!」目からウロコとはこのこと。全然私の動作と違ったんだな。
「小さなことだけど、あなたの動作を毎日何十年も続けていれば、体の負担は相当なものです、体がかわいそうですね」と。

そして私が行き着いたところ。
「なにかをするのではなく、なにかをしないことを学んでください」というテクニック。その本を読んでいくと、数年前にPJ Cafeで“すべてはニュートラル”ということを学び始めた時のチンプンカンプンさが蘇ってきた。

あの頃の私と違うのは、ただわからないのではなく、また新しい冒険に出会えたという喜びに満ちあふれていることだ。PJ Cafeで学んだことと同じことを、今度は体を通して確認していけるのだという予感。

いろいろなシンクロニシティがこういう時は起こるもので、新PJ Cafe英語バージョンがすでに始まっているんですね。

私のこの学びも、どういう形がいいのかまだ見えてきていないけれど、いつか公開したいと今からついワクワクしています。イエイッ!

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