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2009年12月

スマイルをあなたに!

怒濤の一週間が過ぎ、昨晩無事日本に到着しました!

ずっとたまっていたパトリスさんのブログの訳も手つかずだったのだけれど、LAの空港からやっと一本アップすることができ、今朝も一本。あ〜もうっ!パトリスさんファンのみなさん、遅くなって本当にごめんなさい!

昨日はクリスマスイブだったけど、子どもたちは飛行機酔いと時差ぼけでダウン。せっかく長瀬さんがリサーチしておいてくれたお蕎麦屋さんを予約していたのに、結局はショーナとパパゴンと3人で最初のご飯を食べた。

油揚げの納豆&みそ&ねぎ包みがすごく美味しかった。それに、つるつるのお蕎麦も疲れた胃に優しいね。日本食は、これだからいいわheart04

時差ぼけで早起きした子どもたちと一緒に、朝はコンビニへ。子どもたちの日本行きの楽しみの一つがこのコンビニなの。日本のコンビニは楽しいらしい。それから自動販売機もなぜか楽しいらしい。これって外国人感覚だね、私には理解不可能。

で、朝からピザまん、あんまん、おにぎりで、みんな幸せになった。

それにしても、朝に出会った通勤途中の人たちがみんな険しい顔をして歩いていて恐かったよ。知らない間にコワい顔になっちゃうことangry私もありますけどね。今日一日、たくさんの人たちがスマイルで過ごせますように!メリークリスマス!I love you all!

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悲しみよ、こんにちは

この間の『星の王子さま』以来、河野万里子さんが訳した本をもっと読んでみたいな、と思いまして。

アマゾンで調べてみると、なんと!びっくり!サガンの『悲しみよ、こんにちは』の新訳を書いているではないの!

フランソワーズ・サガンは私と同じ誕生日なの。そんなことが嬉しくなるくらい大好きで、卒論のテーマにまで選んでしまった作家なんだ。すっかり忘れていたけど。

で、もっとびっくりしたのは、サガンの他の本がほとんど絶版になっているってこと。あんなにたくさん出ていたのに…もちろん私は全部持っていましたけど、多分度重なる引っ越しの末、全部捨てちゃっていると思う。

『愛と同じくらい孤独』というサガンのインタビュー本は、めちゃかっこよくて、"結局のところ、向き合わなければならないのは孤独な私なのだ”という世界に浸ったものよ〜(eye遠い目。でも今読んだら、全然違うものを感じるかもしれないね。)

そして、頬杖をついてタバコをふかしアンニュイな雰囲気を醸し出すっていうのを、もう真似したくて真似したくて…(ただの疲れた女にしか見えなかった可能性大。ほら、やくざ映画を見た後、肩で風切って歩きたくなっちゃうアレですよ。)

そのサガンの本が、今はたったの1冊か2冊しか出ていないなんて信じ難い。ああ、大衆小説というのは、その時の時代の空気をたっぷり含んでいる分、古くなると売れないってことなんだね。でも、それもまたヨシ。時代と共に生きたという紛れもない証拠だから。

大切なことは心の中に刻まれているはずなんだ。

なんだったのかなあ?あの時、たくさん付箋して線引きしたセンテンス。ふーん、今度河野さんの新訳本でもう一度「悲しみよ、こんにちは」を読んでみようっと。あ、yuriちゃんにオススメしておけばよかったな。ま、いいか。

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コロッケとビヨンセと

Korokke小6のソニーのクラスで、今頃ホリデーランチョンパーティをやっている。
「それぞれの家庭のトラディション(伝統)を表す食べ物を持ってきてください」というお手紙が数日前にきていたんだ。

日本人のソニーが期待されているのは、もちろんSUSHI。なにしろ、アメリカ人は、日本人は毎日お寿司を食べていると信じているからね。

ソニーが「僕は寿司が嫌いなんだ」と言ったら、みんな目をまん丸くして、本当に日本人か?とびっくりしたらしい。

イタリア系の子は間違いなく宅配ピザだろうね。フランス系は買ってきたクロワッサンかな。メキシコ系はトルティーヤチップス。中国系はなんだろう、冷凍餃子かな…

SUSHIはアメリカ人の間でも大人気だから、普通のスーパーにもSUSHIコーナーは必ずある。だから買っちゃえばいいわけだ。変にちゃんとしたお寿司を作るより、そういう(日本人なら食べない)SUSHIを買ってきちゃった方が安心だしね。

ただ…ソニーが嫌いで食べないSUSHIを持っていって何の意味があるんだろう?
決め手がないまま、いい答えがでてくるのを待った。

そして、昨日の夜になってソニーが手をポンとたたいた。
「ママの特製コロッケってどう?僕の大好物で、僕のお誕生日には必ず作ってくれるものだし、ぐらんまに教えてもらったレシピなんでしょ?それってファミリートラディションって言えると思うよ」

と、言うわけで、前日の夜10時、コロッケに決定。

しかし、クラスの人数35個分を作るパン粉が足りない…。う〜む、冷凍庫の中のパンをトーストしてバーミックスでガーッと自家製パン粉を作るか!…って、すごい豪華じゃない?自家製パン粉のコロッケだなんて。

こうなったら熱々のできたてを食べさせたい。

ポテトをマッシュしながら思った。こんなに丁寧にコロッケを作ったのは生まれて初めてかもしれないな。ひとつひとつしっかり形を作って、小麦粉も卵もパン粉もしっかりつけて、油の温度もちょうどを見ながら、ゆっくり転がす。


バックミュージックはビヨンセのアヴェマリア(すごい組み合わせだね)。

でも、真理はやってきたよ。我が家のファミリートラディションとはなにかについて。

ソニーの大好きなものを作ってあげたいと思う私の気持ち。ソニーの喜ぶ顔を見たいと思う私の気持ち。そこから生まれる"コロッケ”こそが、うちの伝統だよ!(←和食が作れない言い訳じゃないよ)

買ってきたコロッケでは表せない、ましてやプラスティックのパッケージに入ったSUSHIでは表せない、家族を大切に思う気持ちがジャパニーズ・トラディションなのじゃ!!!ムハハハ…

とは言え、あまりに日本っぽくないので、鶴を折ってくっつけておきました。

パーティ開始5分前に学校に到着。今頃ソニーのやつ、熱々のコロッケを前に、さぞかし張り切っていばっているだろうなー(誰に似たんだか、嬉しくなるといばる傾向にあるのよね、あの子…あ、それ、私?)

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星の王子さまにラスベガスで出会った

ところがっ!

あんなに美味しいものを食べるのを楽しみにしていたのに、末っ子ソニー、旅の疲れか、ラスベガスに着いたとたんダウン。しかたがないので、ガーガー寝ているソニーの部屋で私もお留守番することになった。

このお留守番中(ショーナが持ってきていた)『星の王子さま』を読んだんだ。

たしか昔読んだはずのこの本、メルヘンチックな童話だと思っていたはずの本、すごい哲学書だったんだね。なぜ昔は気づかなかったんだろう?そういうことが、最近よくある。

河野万里子さんのシンプルだけど、どこかひっかかる訳がよかったのかな。なんて言うか、不思議な、懐かしさを感じる言葉選びが、妙に宇宙っぽい。

たとえば『なつく』。
王子さまがキツネに遊ぼうと誘う。するとキツネは「きみとは遊べない。なついていないから。」と答えるんだ。そして、なつくというのは絆を結ぶこと、何かをかけがえのないものにするには、時間をかけること、だと教える。

たとえば『ならわし』も。
ならわしとは「あるひとときを、他の時間とはちがうものにすること」だと教えている。それは行き当たりばったりじゃダメで、時間が決まっているから人を幸福にするんだって。
「きみが夕方の4時に来るなら、ぼくは3時から嬉しくなってくる。」

そういう大切なことがたくさん詰まっていて、胸がポカポカといつまでも暖かくなった。そして何回も何回もその大切なことが私に戻ってきて、思い出すたびに暖かくなる不思議な本だった。

私はたまたま新潮文庫を手にしたのだけど、他の人の訳もたくさん出ているんだね。ぜひ、いろいろな人の訳で読んでみたい。原書で読むのが一番だけどcoldsweats01

今頃なに言ってるの!と思うかもしれませんが、この本、オススメです。

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マックとスタバ

Mountain_goatアメリカは田舎に行くと、ごはんが本当にマズい。

食材が揃わないからなのか、食に対する興味がないからなのか、ここまでマズくなってしまった理由はなんなんだろう?と首をかしげてばかりいたおかげで、ひどい肩こりになった。

もちろん、盛りつけ方のセンスはない。っていうか、美味しく見せようという発想自体がないのかもしれない。いや、ないです!(←断言)

肉、グレービー、イモ、以上。

サラダを頼む時は、ドレッシングは半分にしてね、と頼んだ方がいい。

しかも量だけはやたらと多いんだ。味じゃなく量で料金を設定しているのかもしれない。そういう料理を目の前にすると、あたしゃ家畜かい!な気分…。

「早くママのご飯を食べた〜い!」と2日目あたりで子どもたちが泣き言を言い始める。フフフ…それだけはいい気分だ。

こういうところではマクドナルドの存在が実にありがたい。(あ、その有り難さは私のごはんと同じか?)いやいや、マックの成功はこういうところにあるんだな、と思い知った。

世界中どこへ行っても同じスタンダードの味が供給される。これって、すごいことよね。都会にいるとわからないありがたみだけど。

スタバのコーヒーも、最近じゃ「薄くてマズい」と文句を言っていたけど、これもマックと同じで、辺鄙なところで飲むスタバのコーヒーは、都会で飲むドンペリより価値があると思う。

なんせ、田舎のレストランのコーヒーは未だに"アメリカン”。お湯に色がついているだけのコーヒーなんだよ〜(泣)。

「最終日は美味しいものを食べようね」車の中の話題がそればっかりになりつつある頃、私たちはいざラスベガスへ!と向かっていたのであった。

(続く)
*写真は、道に佇んでいたマウンテン・ゴート。ちゃんとポーズをとって写真を撮らせてくれた。モデルみたいだね(笑)。

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ブライス・キャニオン

Navajo_trail_211月下旬のサンクスギビングを利用して、砂漠好きのパパゴンに付き合い、家族みんなでユタ州にあるブライスキャニオンまでドライブ。ほぼ12時間かかった。上から見た下の景色。これから、この下を歩きます。

Navajo_trail彫刻刀の代わりに、

風と雨を使い

長い時間をかけて、

神様が作った

芸術作品のひとつ。


Navajo_trail_3下からみた上の景色。

この色のコンビネーションに

なぜかすごく惹かれる。

この砂漠の色が

私の肌の色に似ているからかな。

Skyutahロッジに向かう途中

西の空では、夕日のパフォーマンス。

あまりの美しさに見とれて

車を路肩に止めて

シャッターをきった。


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完・浦島君

accoさんのコメントに唸りました。そこから自分なりの解釈…

つまり、乙姫様が渡した「この先開けてはならない」玉手箱は、幸福のシンボルとして描かれているわけだね。そして、「その思い出は宝物として大切にしまい、後ろを振り向かずに生きなさい」ということだったのだね?(ポンッと手を打ちました、私。)

昔はよかったな〜。確かにこれは年寄りの台詞。太郎ちゃんもそう思ったとたんにおじいさんになっちゃったわけだ。(はは〜ん)


“今”を生きなさい。


そういうことなんだ、きっと。ね?

ありがとう。今の私にすごく必要な言葉でした。(hahaha…自己完結winkあ〜すっきり!)

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浦島君と私

昨日のブログを書いてから、ずっと頭から離れないことがある。それは「浦島太郎」。

うん、あんな風に感じたのは、私がきっと浦島太郎だからなんだ、と思った。きっと日本にいれば、あんなことは日常に起きていて、空気で、相手が言いたいことを察することができるはずだよね?つまり私はKYなわけね。

こう書きながらも、いまだに『KY』なんて言葉は使われているのか?と不安に思う。大体、この使い方は合っているのか?と不安はさらに広がる。

それはさておき、気になる浦島君。彼は助けた亀に連れられて竜宮城へ行き、こんな美しい世界があったのかと驚き、魅了され、居着いてしまう。

この辺り、私、そっくり。いや、亀も誰も助けていませんけどね、あ〜もう一生ここに住みたい!と思えるほど美しい環境に住んでいて、居着いてしまいそうな勢い。

気になるのはその後。浦島君が「そろそろ帰ろうかな」と言うと、乙姫様は“決して開けてはならない”玉手箱を渡すんだな。

これってなに?開けちゃいけないようなものを渡すなよ!と思いまへんか?しかも開けたら、どろろ〜んと白い煙が出てきて、浦島君はおじいさんになってしまう。あ、もちろん皆さんもご存知ですよね?

さてさて、これは、どう解釈をすればいいのでしょう?

浦島君は、竜宮城から戻ると、居場所のない自分の村で悲嘆にくれていたわけだから、おじいさんになれたことは喜びだったのか?

これはハッピーエンドなのか?それとも、なにかの教訓なのか?

浦島君は、天から与えられた竜宮城生活の中に、自分の居場所を探すべきだったのか?それとも、竜宮城に長居してはいけなかったのか?浦島君はどうすりゃよかったのさっ!!!

はっきり言って…さっぱりわかりません。

うわ〜ん、今日も浦島君のことばかり考えそうです。

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ここが変だよ日本人

うわ〜ちょっと更新をおさぼりしちゃったと思っていたら、ちょっとじゃなく、けっこうだったね。なんだか時間ばかりが飛ぶように過ぎていくこのごろ、皆様いかがお過ごしですか?

ママゴン家は、この年末、家族揃って一時帰国するので、そっちの手配やら準備やらいろいろとあって大忙しです。

手配と言えば、たとえばホテルなんですが。5人家族となると二部屋キープしなくちゃならない。長期に渡り、出たり入ったりで複雑な予約になるので、この間、ホテルに確認の電話を入れたんだ。

ところが、一日、トリプルの部屋が確保されていなかった。

rouge「この日もトリプルの部屋に予約を入れましたけど、入っていないんですか?」
pc「すみません、現時点で私がお調べいたしましたところ、そちらのご予約は入っておりません。」

ね、この文言、おかしくないですか?“現時点”と“私が”の2点に私はすごくひっかかりました。

rouge「現時点で入っていない、というのは、別の時間帯に調べると入っている可能性があるということですか?」
pc「いえ、申し訳ありません。私がお調べしましたところでは入っていないということです。」
rouge「え???じゃ、あなたじゃなく他のどなたかが別のところを調べると予約が入っているかもしれないのですね?」
pc「いえ、そういう意味じゃなく・・・・・・(しどろもどろ)」

“現時点私が調べたところ”…というのは、どういう意味?私には責任はないよってことなのかな?

「申し訳ございません。こちらの手違いで予約が入っていないようですので、至急入れさせていただきます。」となるのが、普通じゃありませんか?別にイチャモンつけてるわけじゃないんだけど、どーも、腑に落ちない会話でした。

大体、こういう予約に確認のメールもなにもなし、っていうのも変でしょう?言った言わないで、年末路頭に迷うことになったらどないしてくれるねん!っちゅうのが、私の本音ですけどね。予約の確認メールをしないのが普通なんだそうだ。

けっこうこういうこと多いんですよ。言葉使いは丁寧だけど、内容が丁寧じゃないってこと。ここが変ですよ、日本人。あ、こんなことにひっかかる私の方が本当は変なのか?

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