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2009年11月

キャメロンなわけ

今朝ビーチを歩いていたら、砂浜で猛ダッシュを繰り返している白人女性10人くらいを発見。みんなスポーツブラ&ぴっちりパンツで、ペッタンコのお腹を丸出しにしている。

きゃ〜かっこいい!ビーチバレーの選手たちのトレーニングなのかなあ…。

そのうち、彼女たちは急坂の階段を上り下りしだした。
どっかのチームか?…興味深々で近づく私。
ん?eye階段の下には、ベビーカー数台。中には赤ちゃんがいて、すやすや眠っている子、ぎゃあぎゃあ泣いている子が…そして近くにはその子たちの安全を監視している女性がひとり。

エッ?もしかして、この人たちお母さん…?

思い出したよ。ウチのポストにも「マリブビーチ(セレブがよくパパラッチされるところ)の体型になろう!」的な広告がよく入っている。それかあ…そっか…パーソナル・トレーナーをつけて、本格的なトレーニングをしているんだね。

すごいなあ、小6のママたちがキャメロン・ディアスでいられるワケだな。

しかし、これは“努力”じゃないと思う。自己愛だね。うん、うん。

だって、この人たちって、ものすごく自分が好きなんだ(←勝手に決めている)。自分が可愛くて可愛くて仕方ないの(←勝手に決めている)。自分がキレイになることだったらなんでも出来ちゃう人たちだ(←勝手に決めている)。そういう人がキレイでいられるんだろうなあ…ブツブツ。

そして、帰り道、言うまでもありませんが、私、人がいないところで、ちょっとだけダッシュしてみたりしてみました。ムハハハcoldsweats01(そして現在、筋肉痛)

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食べていかれますか?

「野球で食べていけるんか?って聞くんですよ。中学生はまだまだそのへん甘いですから、そうやって現実を見せて、考えさせます。」

ある進学塾の説明会での塾長の言葉だった。それが決め手となって、ウチの小坊主君たちをその塾に行かせるのをやめたんだ。

食べていかれるかどうか考えて野球をやっている人で、プロになれる人なんかいないんじゃないか?と逆に思う。

そうやって、目先の点数をあげるために、自分はなにが好きで、なにに挑戦してみたいのか考えるチャンスを奪っていないか?

生徒の合格率をあげることが塾の目的だから仕方ないんだろうけど、その言葉はちょっと寂しい。

ショーナは将来はプロのバレエダンサーになりたいと言っている。彼女もやっぱり「食べていかれるんですか?」とよく聞かれる。

はっきり言って「わからん」のですよ。

でも、万が一それだけで食べていかれなくても、なんとかやっていけるだろう、と私は思っている。文学部を出たからと言って、それが役に立った気はしないけど、私もなんとかやってこれた。食べ過ぎてダイエットまでよく考える。だから、きっと大丈夫、どんなことやっても食べていけるさ。

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エアルームトマト

Heirloom_tomatoなんとも不細工なトマトたち。形も大きさも不揃いだし、傷だらけ。コブもあったり。

Heirloom Tomatoというトマトで、昔ながらの、原種に近いものらしい。オーガニック系のスーパーを中心にここ2、3年でよく見かけるようになった。

そしてついに、ファーマーズマーケットにも!

ファーマーズマーケットのいいところは、お店の人、つまり生産者と話ができ、試食もできるところなんだ。

ぜ〜んぶ試食してきましたよdeliciousこういう機会じゃないと、いろいろな味を比べられないもんね。それにお店の人が「色が違えば、味も香りもみんな違うんだよ」なんて言うもんですから…

う〜ん、これは大地の味だね。香りが濃い。私はトマト好きなので、がんがん食べます。肉付きがぎっしりしていて甘いやつなんか、フルーツのようにおやつにも食べちゃう。あ、そういえば、トマトって野菜じゃなくてフルーツに分類されるんですってね。知ってました?

品種改良を重ねてカンペキな形で売られるトマト、伝来種をそのままの姿で「どうだー?」と消費者に突きつけて売られるトマト、どちらもお値段は高い。どうせなら、そのままの姿のトマトとして売られたいな、私(いや、アンタはトマトっちゃうやろ!)

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マリア様の黄金の花

Mary_goldはあ、そう言われてみればそうだね。

マリーゴールドって『マリア様の黄金の花』って意味なんだ。

こんな背丈が高く豪華なマリーゴールドを見たのは初めて。

ファーマーズ・マーケットで見つけて一目で気に入り、我が家に来てもらった。どう?素敵でしょ?

しかも柑橘系の匂いがするの。

なんか美味しそうな匂いなんだ。

なんだろ、柚子とかかぼす系かなあ。

マリア様、わたくし、急にさんまが食べたくなりました。

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小説のような一日

Beach_girl普段は黒を着ることが多い私だけれど、その日は顔映りのいいショッキングピンクのカーディガンを羽織り、唇にも同じカラーのリップスティックをのせた。短い丈のスカートをはいて、“若作り”をしているのではなく“大人のお洒落”をしているのだと主張するためだ。

行き先は、近所の車の修理屋。こういうところで華やかに振る舞うことは、アジア人で大衆的な'アメ車'に乗る私が、ちゃんとした気持ちのいいサービスを受けるための手段だと思っている。

案の定、担当の男は挨拶代わりに軽いジョークを言い、明るい笑顔を向けてくれた。「ほらね」私は自分が正しかったことを確認し、心の中で微笑んだ。

こういう日は、目に映るすべての景色が小説の中の描写のようだ。私の頭の中では、勝手に文章がそれらしい体裁で踊りだしていく。たとえば、今日のこのブログのように。

車の修理を待つ間、近くのカフェで本を読むつもりだった。カフェは、早めのランチをとる人たちで混み始めていた。私は隅っこの狭い特等席を見つけ、カフェラテをトリプルショットでオーダーした後、待ち時間が長くなることを予想して$1.98のチョコレートチップ・マフィンをうっかり追加した。大味のマフィンを口にしたとたんに、買ったことを後悔することは目にみえていたのに。

私はキレイに足を組み、背筋を伸ばし、後悔のマフィンを頬張った。大体私はいつもそうなのだ。オマケでしくじる。すべてが順調にいっている時に、よけいな一個を抱え込む傾向にある。

カフェオレで後悔を流し込みながら、ふと左斜め100度の角度から男の視線を感じた。誰かが私を見てなにかを考えているのだ。振り向く勇気はない。私に興味を持ったのか、あるいは単に、たとえば靴にゴミがへばりついているのを見つけただけなのかもしれない。それが私の妄想(大いなる勘違い)だとしても、こんな小説のような景色の日は、それを楽しむことにしよう。

言葉が頭の中で踊りだすのを感じながら、左斜め15度の角度に座った老夫婦に視線を移した。首のしわのたるみ、目のくぼみ、歩き方のよぼよぼ加減からいって、80代も後半の方かもしれない。私の目は、その婦人の背中に釘付けになった。まっすぐなのだ。まるで板でも入れているかのように、すーっとまっすぐに伸びていている。年齢にそぐわない違和感からなのか、あるいは美しさからなのか、私の意識は先ほどの妄想を払拭して立ち止まった。

男性は、婦人の目の前に置かれたクロックムッシュを、ナイフとフォークを使って小さく切り分けている。食べやすいように、そうしているようだった。彼女は、夫がそうしている間も姿勢を一つも崩さず、無表情ではあるけれど美しく佇んでいた。

テーブルの脇を通る若い女性たちと時折言葉を交わして笑う夫に、不快な態度を示すわけでもなく、一緒に会話に加わるでもない彼女のあまりにも毅然とした姿は、老人性の病を示唆しているのかもしれない。

しばらくして食事を終えた夫婦は、出口近くのテーブルに座る母娘の前で立ち止まると、小さな女の子になにやら熱心に話しかけていた。婦人は背も高かった。あの年齢で170cmを超えた身長の女性というのはかなり目立つ。右手を持ち上げると、婦人はさらに大きく見えた。その姿は翼竜を思い起こさせた。持ち上げた右手で女の子とハイファイブを交わすと、満面の笑顔でカフェを出て行った。

と、言うような一日というのは、毎日転がっているんだな、実は。
(写真は本文とは関係ないばかりか、長瀬氏撮影の写真を無断借用していますbleahよろしいですかー?)

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霧の中

辺り一面霧が立ちこめていた。

まだ誰も来ていないのかと思ったら
ビーチでは、ヨガの仲間たちがもう体を動かしていた。

なにも見えない分、聴覚、嗅覚が鋭くなる。
波の音、カモメの鳴き声、船の警笛、潮の香り、砂をつかむ音、
アリーシャの雲のような柔らかい声…

幻想的で、思わずあちらの世界へ行ってしまいそうだった。

はて、あちらの世界とはどこにあるのだろう?
あちらの世界は、実はここにあるのかもしれない。
この霧の中の世界のように
ただ見えていないだけで。

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ハロウィンの夜の怪談

Halloweennewport09私は、ここニューポートビーチが大好きで、毎日海を見て幸せを感じていることは、このブログを読んでくださっている人たちは知りすぎていると思うけれど、実は、ここにも大きな負のエネルギーがあるんだ。

「お金はあるけど頭はカラッポ」
「見かけ重視」
「閉鎖的で、保守的」
「自分たちが最高だと信じている」

と、まあ、カンタンに言ってしまうと、こういう類の陰口があちこちで聞かれる。今までも知っていた声だけれど、知らん顔してきた。それが、ハロウィンの夜に一気に爆発したようだった。

ご近所が集まるハロウィンパーティで。

「脅かすわけじゃないけど、ここは子どもを育てるのには向いていないわよ。」

「でも裕福な家庭の子どもたちばかりでしょう?」

「そうよ、お金があるから親は遊び歩いていて家にはいないの。いるのはナニー。だから、躾なんてされていないのよ。

スウィート16のプレゼントに、メルセデスをプレゼントされて、事故を起こしたら、翌日に買い替えてもらえるような家の子たちよ。勉強してがんばろうなんて気はさらさらないわ。

親がひどいんだから仕方ないわね。ディナーパーティへ呼ばれたことある?東海岸なら政治の話や環境問題のことで盛り上がるけど、ここの人たちが話題にできるのは、キッチンのリモデルの話と新車、それからバケーションの話ぐらいね。」

「そっ、そう…」

「子どもを育てるもの向いていないけど、歳をとっていくのも辛い町よ。顔のしわをのばして、整形して、豊胸して、ヒップアップして、セクシーな服を着なきゃいけないと信じているの。それができない人は哀れってことよ。私なんて、東海岸ではまあまあ若いほうだったけど、ここへ来たらおばあさん扱いだわよ。」

と、スコットランド出身でNYから引っ越してきたというキャンディス・バーゲン似のおばさま。十分美しい方でしたけどね。この人につかまって1時間以上話し込んだ(っていうか、一方的に話を聞かされた。)

な〜んか暗い気分…になるかと思ったけど、意外や意外、けっこう楽しかった。なんだろ?お化け屋敷に行く楽しさに似ているかもしれない。お〜コワい。でも、あまりにすごくて、笑っちゃう…みたいな。

「ここはね、すべてがディズニーランドなの。美して華やかなハリボテの裏側にはなにもないどころか、汚くてゴミだらけ、うんざりするわ。」とも言っていた。

お、うまいこと言うね。座布団一枚!
いや、おちょくっているわけじゃないです。ある意味事実でしょうし。
で、こういう話を聞かされたら、あなたなら、どう反応しますか?

私はこれ、おばけテストだな、と思ったの。

同調して一緒に非難するもよし。反論して『人生とは』と議論するもよし。どの道も間違いではないけれど、私がしたことは祈り。

彼女の悲しみと怒りを清めたまえ。
この土地の負のエネルギーを清めたまえ。
そして私自身が、この話で汚されませんように、と。

この手の話はいくらでもどこにもで転がっている。それが自分のところにやってきたのには意味があるんだと思う。(と、最近なんでもそう考えるような癖がついてしまってややこしい。)

はてはて、自分にこの美しい地球のために祈るチャンスが与えられていると考えられない?

つまり、これがパトリス師匠から学んだこと。心を開けば、メッセージを受け取り、自分がやるべきことが見えてくる。この輪(LOVEなんだけど)が、自分からも広げられますように。

学ぶことは、まだまだたくさんある。ありがとう、来てくれてありがとう、おばけちゃん。

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This is it

マイケル・ジャクソンのリハーサルの様子をまとめたドキュメンタリー映画「this is it」

画面のあちらこちらから、マグマのごとく強烈なエネルギーが吹き出していた。

「アーティストというのは、神の仕事をしている人のことだ」ということを確認できる壮絶な映画だ。

がんばるという次元のものではなく、逆に、神に身を委ね、一体になることで圧倒的な作品が生み出されている。

バックで踊るダンサーや、ミュージシャンたちに「君たちは、マイケルのエクステンションだ」と監督が言っていたと思うけど、マイケルこそ神のエクステンション(実のところ、私たちはみんな神のエクステンションなのだけれど)。一緒に作品を作っている全員、そしてそれを見ている観客に至るまで、LOVEが見えないチューブを通って流れていく。

まだ見ていない方は、ぜひ!

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